about me 



 初めまして、ほー子と申します。
私は2005年10月に体調を崩し、地元の病院を受診しても異常なしと言われましたが、何かおかしい!と思っていたので納得が出来ず、膠原病の専門医がいらっしゃる医療機関を受診しました。
今でもお世話になっている主治医に診察して頂いた所、「早期関節リウマチ」と診断され、免疫抑制剤による治療が始まりました。
リウマチ以外にも幼い頃から生涯お付き合いしなければいけない病があったので、治療の方は難しかったですが、先生が笑顔で「大丈夫ですよ!」と言ってくださり、不安な気持ちや心配な気持ちが癒えてホッとしたことを覚えています。
それ以来、先生を信じよう!自分を信じよう!と強く思い、「どうしたら元気に過ごせるか」そればかり考えながら、治療に取り込んで来ました。

 関節リウマチを発症してから2年後、あれ?と体の異変を感じて主治医にもう一度詳しく検査してもらった所、「全身性エリテマトーデス」を発症していることが分かりました。
そして2013年にめまいと耳鳴りと難聴に悩まされ、たまたまお偉い先生に診ていただく機会があり、全身性エリテマトーデスによる「自己免疫性感音難聴」を併発していることが分かりました。
こちらの検査は大学病院で行い、検査のデータを東京の大学病院の研究室に送って、診断されました。
比較的珍しい症例なせいか、まだ自分以外の患者さんと出会ったことがありません。

 幸いなことにどの疾患も早く分り、治療を早い段階から初めていたせいか、現在は免疫抑制剤もステロイドも飲まずに元気に過ごせています。
幼い頃から病気の肩書が増える一方だったせいもあり、医療の世界にある意味けっこう貢献して来たように思います。

 ステロイドを服用しない代わりに主治医から無理をしないようにと言われていたこともあり、フルタイムで働くことは出来ませんでしたが、両親に甘えるのが嫌で小学生の頃から習い続けていたお稽古事の資格を活かし、お世話になっていた先生のお手伝いと接客業の2足の草鞋を履き、自分のお小遣い程度は稼いでいました。
病気のこともあって大人になるまであまり人付き合いをするタイプではなかったので、たくさん稼げなくても人と接する社会と繋がるという喜びと楽しさで、新鮮な毎日を過ごしました。

 時々、恋もしました。
おひとり様が楽しく充実し過ぎて、もう結婚はしないかもなーと思っていた時期に朗らかな夫との運命的な出会いがあり、周りが驚くくらいとんとん拍子に結婚が決まりました。
理想は九州男児のような人でしたが、夫は虫が大の苦手で、私が退治しています…“かかあ天下”のつもりでいます!
もちろん、夫のご両親やご家族にも病気のことは包み隠さずに話し、理解してもらえたのかはちょっと分かりませんが、「あなた明るいから良いわよー」と受け入れてもらうことが出来ました。
実家の父は、嬉しさと寂しさと心配で、10日間口を聞いてくれませんでした。
決して結婚に反対していたというわけではありませんが、夫が結婚の挨拶に来た時はため息ばかりつくので、大丈夫かしら?と父の心配をしました。

 30代になった現在は、2児の母になりました。疾患が多いと、妊娠や出産はなかなか大変です。
健康な人たちでも命がけとなるお産、夫は「あなたが一番大事なんだよ」と、夫婦2人だけの生活もありだと言ってくれましたが、それでも私は出産を望みました。
我が家の2人の子供たちは5つの診療科の先生たちのお陰で、予定日よりも少し早い出産となったわりに元気に誕生しました。
子供たちにはもちろんのこと、どんなことがあっても温かく包み込んでくれる夫、両家の家族、病院でお世話になっているスタッフの方々。
いつも見守ってくださっているすべての方々に感謝しながら、毎日子育てに奮闘中です。

 
「生まれて来てくれて ありがとう。」

 不可能なことを「えいっ!!」と可能に変えちゃうことと、「縁の下の力持ち」という言葉が大好きです。